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続人間失格 - 人間失格と人間革命の狭間で -

幼少の頃 人間採集 宗教 芸術 帰郷 都会

幼少の頃

僕は東京の、いわゆる山の手と言われている、或る町で生まれ育ちました。僕には、二人の妹がいて、僕は三人兄弟の長男で、両親は、祖父母の後を継いで商売を営んでました。商売が忙しいせいか、あまり子供の教育には熱心では無く、僕は共に生活をしていた、いわゆる世間で言う出戻りの叔母によく面倒を見てもらってました。
叔母は、すこしエキセントリックなところのある人で、良く言えば、自然的な感覚を、第一に重んじるタイプというか、要するに子供じみた人で、僕が親近感を覚えたのも、そのせいだと思います。叔母は、凄く気持ちにムラがあり精神的に不安定なところのある人で世の中に対して、とても厭世的な態度のように思えました。その事が後の、僕の人生に強い影響を与えたように思います。よく叔母と母が喧嘩をしては、叔母はその度に涙を流しては、「死にたい死にたい僕は世間に馴染め無いのよ」と小言を言っては涙を流して泣いてました。その度に僕が、スカートなんかをはいてはお道化てみせてたような気がします。僕は正直その叔母に対しては愛情と嫌悪と二つの感情を持ってました。

ある時母は、叔母に「勝也にはあまりかまわないで頂戴あなたと居ると良い影響を受けないから」と目を真っ赤にしながら言っている母の顔を見て、それが、母の嫉妬心から言わせてる事に気づき、母に対してもなにか醜さというか、人間の本性というか業の為に生かされてるような憐れみのような物を感じるようになり、人の生きる事の悲しみを無意識のうちに感じ、母に対しても、アンビバレンスな感情を持つ事になりました。

僕の父はと言うと、この人も、また子供には何の興味を示さないような、無関心な人のように思えました。僕も父親には、殆ど興味を持たなかったような気がします。何しろ、父とは、会話をした記憶が無いのです。

ただ今でも、一つ、鮮明に覚えている父の記憶があります。それは、茶目っけたっぷりの幼き僕が、ある悪巧みを思いつき、大胆にもそれを父に試したのです。
他愛もない事なのですが、ブリキで、できたロボットの玩具があり、ロボットの足には強力なバネが付いていて、足を引っ張って、その間に指を挟むととても痛いのです。僕は、一度自分の不注意で、指を挟んでいるので、その痛みは経験済みで、それはもう痛いなんてもんじゃない。なにしろ指は神経の集中している所ですから、我慢すれば、する程、涙が出てくるような不思議な感覚です。僕はそれを自分一人だけで知ってるのは、何か、とても不公平な事のように思い、どうしても、自分以外の人に伝えたかったのです。それは、あたかも、他人に、他人の秘密を打ち明けられ、その秘密を知った時のような、無責任な好奇心というか、なんとも言えない皮膚のむず痒さみたいなものです。
或る日、僕は決心するのです。いよいよ僕の悪巧みを実行する時がきたと。ちょうど父は居間で、テレビを見ていました。僕は父の横に座り「ねぇ父さんこのおもちゃ壊れちゃたみたいなんだ、どうもバネの調子が悪いんだ」と言いロボットの足を引っ張って、その間に父の指が入るように仕向けたのです。父は僕がそんな企みを、持っているなどとは、少しも考えず、無防備に指を、おもちゃの足の間に入れてきました。そして僕は指を離したのです。「ワーイッター何するんだ~」父の表情が一瞬苦痛に歪みました。
僕の作戦は見事に成功しました。父は、普段は寡黙でおとなしくめったに感情的になる事が無い人でしたが、その時ばかりは、鬼のような形相になり、幼き僕は動物的本能から恐怖を感じました。それは腹の減った肉食獣に餌を与えて、それをいきなり奪い取ると、きっと動物は、こんな荒々しい表情をするのだろうと思わせる位のものでした。

それ以来、僕は、人を怒る事、人に怒られる事に、なによりも嫌悪を感じるようになりました。人間の怒った顔には、動物的な醜い本能が、もっとも、シンプルな形で表現されているように思えてならないのです。いわばそれが、人間のもっとも、忌むべき人類の元凶のように思えてならないのです。人間の歴史に、怒りと言う感情がなかったら、もっと人は、幸福な歴史を持てたような気がしてならないのです。人は何故怒りの対象を悪と信じるのでしょうか?怒りと言うものには、エゴの臭いが、僕にはするのです。当時、僕は真剣に、怒りと言うものに対して、その様な感情を、抱いてました。この様な怒りに対する嫌悪という偏向した感情は、いったい何処からきたものか定かではありません、父の、普段あまり見せない怒りの表情が、よほどショックだったのか。以来父との距離は遠ざかりました。

僕にはもう一つ、自分の偏向した感情を自覚した思い出があります。
それは道化です。それはいわば僕のサービス精神みたいなもので、なにしろいつも僕の傍らには、泣いてばかりいる厭世的な叔母が、居たものですから、僕は、その叔母を慰める為に必死で道化を演じました。ある時叔母は、「死にたい死にたいこの世に未練など無いこの世は強き者の、為にだけある」と泣きながら言っていたので僕はドクロの面をかぶり妹のスカートを履いて変な踊りを踊ったり変な事を言ったりそれはもう叔母を慰める為に必死で道化を演じたものです。僕は、人を笑わせていると、なにか安心感のようなものを感じていました。それは、たぶん人に愛されたいと願う、人への未練のようなものだと思います。その未練が僕をお道化者にしたのだと思います。
でも僕には、相反する感情が、同時に自分の中に存在していました。それは道化を演じる事の切なさです。それは、人への未練を断ち切れ無い、自分の弱さへの嫌悪だったのだろうと思います。そして、道化はやがて、自虐的な衣を纏うようになった気がします。自分自身、道化を演じるたびにとても悲しくなったのを覚えています。その時から、道化の中にも悲哀があるんだなと、感じるようになり、後に、そのような人間の持つ、悲哀や哀愁みたいなものが、私の芸術のテーマに大きな影響を与えるのです。

また、その頃、初めて人の死に出会う事になりました。僕の事を、小さい頃から可愛がってくれた祖母が死んだのです。今でも祖母の死顔を鮮明に覚えています。それは、人の顔が、青く変化し、人が無機質になるする瞬間でした。僕はその時、美しさみたいなものを、感じたような気がします。それは、人が天命をまっとうしたと言うような通俗的な意味ではなく、もっと感覚的なもので、今となっては、なかなか言葉では、言い表わす事のできないもので、もしかしたら死人の青い顔そのものに美しさを感じたのかもしれません。丁度その頃、ふれあい、と言う、もの悲しい唄が流行っていて、僕の死に対する感情を、よりセンチメンタルにしてくれたのを覚えています。

~悲しみに出会うたびあの人を思いだす~

絵を描く
その頃の僕の唯一の楽しみは、絵を描く事でした。よくアニメのキャラクターを模写し、色をつけたりして遊んでいました。

小学校の同級生に、吉岡君という青白く、痩せコケた見るからに繊細そうな少年がいて学校が終わると、よく彼と二人で、公園で絵を描いたり、僕の家に彼を誘っては、二人でどっちが、上手くアニメのキャラクターを模写できるか、競い合っていました。勝敗は誰の目から見ても明らかで、彼は凄く見事にアニメのキャラクターを模写していました。僕は、そんな彼の力量を凄く羨ましく思い、ジェラシーを感じていて、そりゃもうライバル心、ムキだしで、よ~し絶対に彼より上手く描こうと思い、宿題はそっちのけで、マンガのキャラクターを模写する事に励んでいました。

そして或る日の休み時間でした。クラスの或る男子が、人気マンガのキャラクターが載っている本を、皆の前に広げていました。丁度、僕と吉岡君もその場にいて、マンガを見ていました。するとそこに、クラスで一番のガキ大将がやって来て、「そういえば吉岡と斉藤は、よく二人で絵を書いているよな、そうだ、このキャラクターを、おまえら二人で書いてみろよ俺達が見てやるからさ~」と、悪意の少しも感じさせない、なにげない、ガキ大将の無邪気な提案で、僕達二人は、マンガのキャラクターを模写する事になったのです。
吉岡君は、あまりのる気では無かったのですが、僕は密かに日頃の鬱憤を晴すいいチャンスだと思い、よ~し絶対にあいつには負ないぞ~と思い、家に帰るなり、スケッチブックを広げました。
そして次の日、事件は起ったのです。僕は宿題もせずに書き上げた自信作を、学校に持っていきました。今度こそは、彼より僕の方が出来がいいと、誰もが認めるはずだと。僕は自信満々でした。そして休み時間に、僕と彼の作品二枚が、机の上に並べられ品評会が始まったのです。皆がジッと僕達二人の作品を見比べてました。そして僕は突然十字架に架けられたのです。或る一人の学級委員を努める活発な女の子が、やって来て「なんだ斉藤君の絵はぜんぜん似て無いよ~下手くそだ~吉岡の方がずっと上手いよー」。それは、無邪気な子供の、残酷な一言でした。
僕は、突然目の前が真っ暗になり、いまにも泣き出しそうになりました。それはまさしく裁きでした。僕は、あまりにも無知な人に裁かれたんだと。自分に言い聞かせました。、まさに、キリストが無知な民衆に裁かれた瞬間でした。その時程、悪意の無い子供の提案が、どれだけ、恐ろしいものに変貌するんだと、感じた事はありません。時に無邪気さは、罪つくりです。

以来僕は、二度と絵を描かなくなりました。と同時に、子供の無邪気な提案には、人一倍注意を払うようになりました。それはちょうど僕が小学校三年生の事でした。勿論吉岡君との友情にもそっと別れを告げました。

転校生
またその頃だったと思います。
クラスに一人の転校生がやって来ました。凄く可愛い女の子で、父親の仕事の関係で、ずっとフランスに住んでいたとう帰国子女でした。ちょうど僕の前隣りが彼女の席に決まり、僕は凄く歓びました。なにせその娘は周りの女の子とは、雰囲気がぜんぜん違うのです。瞳が少し茶色く、何処となく異国の人のような感じのする人でした。僕は彼女の事が凄く好きになり、落ち込んだ気持ちも一遍し、あの事件以来学校へ行くのが凄く苦痛でしたが、彼女の存在が、そんな暗い僕の気持ちを癒してくれました。

そして僕は、例によって、一生懸命お道化者を演じたのです。ある時先生が、黒板に漢字を書いて、「は~い誰かこの字読める人~」と言ったので、僕は、いいチャンスだと思い、まっさきに手を挙げて、わざと馬鹿な答を言ってクラスの皆を笑わせてました。彼女が、僕の馬鹿な答を聞いて、笑う姿を、見てると、自分にも、嬉しさが込み上げてきました。
授業が終わり、休み時間に、彼女が、僕に話し掛けてきました。「斉藤君、あんな漢字も読めないんだ、もっとしっかり勉強した方が良いよ」と彼女は、僕がわざと馬鹿な答を言っている事に、すこしの疑いも持たずにいたので、僕は、そんな素直な彼女の事が、ますます好きになりました。

僕の作戦が、功をそうし、彼女は、僕にだんだん心を許すようになり、休み時間に二人でよく、お互いの家族の事を、話してました。フランス語の、ジュテームという言葉も、その時、彼女から教わり、ハイカラになったような気がして、凄く有頂天になってました。
しかし、人生というものは、そういう時にこそ、注意が必要なのです。やがてそんな二人の仲が、クラスの噂になり、それがまた、あの活発なデリカシーの無い、優等生の癇に触れ、「あーら斉藤君と、きぬたさん随分仲が良いのね」と冷かされ、またしても僕は、活発で聡明な学級委員を務める娘にやられました。そうなると、僕はもう退散するしかないのです。何せ子供の嫉妬心程、質の悪いものは無いのです。一人の嫉妬心が、やがてクラス全体の嫉妬心に、変貌していく過程が、何故か僕には解っていたのです。その為、僕は渋々彼女から距離をおくようになり、やがて、その娘は、父親の仕事の関係で、再び、外国へ旅だって行きました。

そんなこんなで、気がついてみると、僕も小学校最後の春を迎える事になりました。
~蛍の光窓の~
中学校時代
中学に入ると、周りは、見知らぬ顔ばかりで、人一倍人見知りする僕は、お道化の腕に磨きをかける事に、必死でした。

ある日、英語の授業で僕は、先生に指さされ、「斉藤君ここを、声を、だして読んでみて」そこには、Thisisapenとローマ字で書いてあったので、僕は、わざと田舎の人みたいな、訛ったイントネーションで、「ですいずあペン」と言ったら、先生も含めクラス中の皆がハアハアハアーと笑い、僕は、内心やった~と、ほくそ笑んでました。初打席初ホームランとまでは、いきませんでしたが、初ヒットぐらいは、打てたような気がして僕は、これで皆の、心を掴んだぞ~と思い、有頂天になってました。
英語の授業が終わり、給食の、時間になり、僕は、ちょうどその時、給食の当番だったので、白いエプロンをつけて、給食の準備をしていると、後ろからポンポンと肩を叩かれて振り向くとそこにクラスで、一番背の小さな、顔全体がニキビに、覆われた、クラスで一番のブサイクな男の子が立っていて、「おまえさっきのワザとだろう」
僕は、一瞬何がなんだか分らなくなり、有頂天になった人間の赤みがかった顔が、一瞬にして死人のような蒼白い顔に、変貌していくのが自分でもよく解りました。それは、名優が、主役を降ろされた瞬間であり、僕の道化人生の初めての挫折でした。よりによって僕が、こんなブサイクでできの悪い奴から自分の名演技を、見透かされるとは、思いもよらない事で、僕は頭の中が真っ白になり、給食の準備も、ままならなく、何度となくスプーンを落としては、その男の醜い顔が、頭から、離れませんでした。給食が終わり、休憩時間になっても、午後の自分の好きな美術の授業になっても、何も考えられなくなり、僕は、得体の知らない悲しみというか、憂鬱というか、本当の、お道化者の試煉を味わったような気がしました。
たぶん道化の悲しみの本質は、そのような所にあるのでは、無いでしょうか?それ以来僕は、そのブサイクな男の子を、避けるようになりました。

ある日の放課後、僕が掃除をしていると、そのニキビ顔の三上君が僕に、「これから話があるから一緒に遊ぼうよ」と言ってきたので、僕は一瞬、頭の中が真っ白になり、「ゴメン、今日はこれから用があるから駄目なんだよ」。
僕は、すこぶる素っ気無い返事をしてやりました。その冷たさが、後にどのような結果を招くのか、その時は少しも想像しませんでした。三上君は、「そっかそれじゃしょうがないな」とニヤニヤしながら去って行きました。
彼の、そのニヤニヤした顔の下に、どのような悪巧みが、隠れているのかその時は、知る術もありませんでした。何しろ僕は、彼に不意をつかれ、とても動揺していたので、彼との交流を避ける事に一生懸命でしたから、彼が僕の元を去って行った時は、安堵感でいっぱいでした。人は、誰でも難の局面を退けた時に、一番無防備になるのではないでしょうか?そんな時、人は思考が止まるのです。

僕は、翌日三上君の事など、何も頭に無く、普段どおり学校へ行きました。昼の休み時間に、三上君が、クラスで一番運動ができて、学業もそこそこにできるというクラスのリーダー的存在の男子生徒と談笑している光景が、僕の目に飛び込んできました。二人は、僕の方を見てなんとも言えない、表情を浮かべ、ニヤニヤしながら笑ってました。その笑いは、人間の素直な笑いではなくとても醜い、非人間的な顔をしてました。僕は、動物的本能から、彼らの悪巧みを直感したのです。それは、まさしく、人の弱みを知って、自分の優位を誇示しようとする、人間の最も卑しい精神の現れた、最も忌むべき表情です。まったく人間は、笑いながら、薄ら笑いを浮かべ、相手を、威圧する事のできるとても始末の悪い動物なのです。僕は、一瞬にして、地獄の業火に、投げ込まれたような気がしました。僕は、早く自分の存在を、その場から消したくて、ウァーと心の中で叫びながら、トイレに逃げ込み、大便をする便器に水を流し込んでました。水の音が、僕の恐怖心をかき消してくれたような気がしました。でもその間は、とても長い時間のように思えました。落ち着きを取り戻し、ホッと溜め息を、ついた僕は、鍵を開けて外に出ました。僕が、外に出たのとほぼ同時に、隣りのドアが開きました。そこからでてきたのは、なんと、クラスで一番、器量の良い、僕の一番好きな娘でした。彼女は、とてもビックリした表情をしていて、僕も、何か、弁解すれば良かったのですが、とても想定外の出来事だったので、声も出ず、僕と彼女は無言でトイレを後にしました。それはまさに、地獄の珍道中でした。その日の放課後、僕は、早く家に帰りたい衝動に襲われ、クラブ活動を休み、足速やに校門に向かいました。校門を、出てみると恐怖と忌わしい記憶から開放された安堵感でいっぱいでした。

僕の顔に、ようやく赤みが戻ってきました。やっと僕の前に光が射したのです。よく人は、喉元過ぎると熱さ忘れると言いますが、たぶん感覚人間である僕は、嫌な事が起ると、空間としてそれを認識するようです。忌わしい記憶も、学校という空間の中に、固執するのだと思います。たぶん人は、空間に依存する部分が強いのだと思います。僕は、学校から離れたという安心感からか、凄くお腹が空いたので、学校の近くにあるパン屋に寄って行こうと思い、鼻歌混じりで、パン屋の前に立ったのです。一瞬思考が止まり、鼻歌も止まりました。パン屋のドアの、向こうに、忌わしい記憶が、無防備な私の頭の中に、僕の視覚を通して飛び込んできました。ニキビ顔の背の小さな男の子と、ガッチリした体格の男の子が、菓子パンを手に振り向いたのです。パン屋のドアの、向こうに、忌わしい記憶が、無防備な私の頭の中に、僕の視覚を、通して飛び込んできました。ニキビ顔の背の小さな男の子と、ガッチリした体格の男の子が、菓子パンを手に振り向いたのです。一瞬彼らは、ニヤリと笑いました。それはまるで能面が笑うような、冷たい感じで、僕の心は、一瞬にして凍り付きました。
その時何故か、とても不思議な感覚に包まれました。なにかタイムトリップしたように、二人の姿が、戦後、間もない頃の学生のように、何か不思議な威厳と不思議な醜さが、混じり合って見えました。「あれ斉藤じゃないかこんな所で会うなんて奇遇だな」。
恐怖に怯え頭が空っぽになった僕は、声も出ず、首を上下に振るだけで、精一杯でした。
「なんかおまえ顔色が悪いぞ身体の具合でも悪いのか」。
「うん」。
と小さな声で頷きました。
「違うよ斉藤君は、僕達と会ったからだよ何せ斉藤君は俺達のことを避けてるからな」。
「なんで俺達のことを避けるんだよ」。
凄ぶる無神経で馬鹿な質問をしてきました。
「おいなんとか言えよそんなに気分が悪いのかそれとも、それもおまえ得意の演技なのか」。
僕は、心臓を突然掴まれ、えぐり出された様な気がしました。時に、デリカシーの無い馬鹿な人間の質問はいきなり核心を衝いて来る事が多いのです。それが、彼らの上等手段のように思います。僕は、黙ったまま何も言えずうつむいて、手で胸を押さえて演技をするしか無かったのです。すると体格の良いスポーツのできる活発な男子生徒の子が「なんかコイツ本当に気分が悪そうだな」と言ったので、すかさず、僕は演技に力を入れ、一瞬、しゃがみ込みました。実際に気分が悪かったので演技にリアリティがあったのだと思います。
「ゴメン本当に気分が悪いんだ」と言ってその場から逃げる事に成功しました。

次の日、僕は朝からとても憂鬱で今日もまたアイツらの顔を見なくてはならないのかと思うと、とても悪い方向に想像力を働かせてしまうのです。

「勝也遅刻するから、早く学校へ行きなさい」という母親の声に促がせられながら、僕は、渋々学校へ行きました。なんとか遅刻せずに学校へ行く事ができましたが、遅刻しなかった事になんの喜びも無くむしろ遅刻して、その事を理由に、学校をさぼれたらどんだけ幸福な事かいろんな思いを回らせていました。結局校門を後にする事はできず、授業を受ける事になり、1時間目が英語の授業でしたが、僕には、もはやお道化者を演じる余力も残っておらず、英語の授業は一番お道化やすい授業でしたが、後ろに三上君の視線を感じながら悪い想像ばかりが、頭の中を駆け巡ってました。
そして昼の休み時間に、その悪い想像が的中するのです。今度は、三上君の他に、三人も男子生徒がいて、「おいおまえ、なんでさっきの英語の授業の時面白い事言わないんだよ!俺は、おまえが、わざと面白い事を言うだろうと期待してたんだ」と例によってマヌケな事を、言ってきました。僕は、自分のお道化が、三上君に見破られてからクラス中の生徒が僕のお道化を期待しているんだという事を、知ってました。でも僕は、その期待に答えるほどマヌケではありません。それは、僕のお道化者としての信念に反するからです。

僕にとってお道化者というものは、見破られないからこそ、そこに快感があるのです。「さぁこれからアイツわざとお馬鹿な事を言うぞ」という中でお道化てみせるのは、凄こぶる滑稽な事でそれは、ただの見せものにすぎません。見世物と道化は、本質的に違うのです。僕には、その信念を曲げてまでも、お道化て見せるつもりは無いのです。僕は、またしても無知な人達の手によって、十字架に架けられたのです。本当に真実を知る者には、試煉が待構えているものなのです。歴史に名を残した宗教家は、皆真実を、語ったが為に、迫害を受けたり異端扱いされたり様々な難を受けたのです。「なんだ~面白い事言わない斉藤なんて全然つまらねよー」そんな空気がクラス中に広まり、なんとも言えない疎外感が、僕を包み込み、僕はその空気にだんだんと、飲込まれていき学校へ行くのが、とても
苦痛になり三学期を待たずして、とうとう僕は、学校へ行かなくなりました。人生に於いて、僕の第一の倦怠が幕を開けたのです。

学校へ行かなくなった自分は、何をするでもなく、朝から晩までずっとボーとしてました。たまに音楽を聞くぐらいで、後は一日中寝込んで憂鬱な気分に浸ってました。むろん周囲の大人達は、随分騒がしくなってきて、「なんで学校へ行かないんだ」と毎日、お題目のように僕に聞いてくるのです。何せ今と違って、僕の中学時代には、登校拒否をする生徒などいませんでしたから、そりゃ、私の両親をはじめ、担任の先生も凄く気をもんでました。僕は、その事を手をとるように解ってはいましたが、お道化者を演じることに憤りを感じたなどとは、間違っても言えませんでした。
実際そんなものは、キザなエクスキューズにすぎないのですが今思うと学校の集団生活の雰囲気になじめなかったのだろうと思います。それは、だんだんと私の自我みたいなものが目覚めてきて周囲との、軋轢に耐えれなかったんだろうと思います。僕は、その溝を埋める為に、お道化者を演じてきたのですが、小学校の時は、おどける事で、無意識に周囲とのバランスをとってきたのだろうと思います。それが、中学に入ると人間の社会なるものが多少複雑になってくるので、僕の感覚が戸惑ったのだろうと思います。

学校へ行かなくなって二か月位が過ぎた頃、担任の先生が、朝、僕の家まで迎えにきました。僕はそれを振り切る事はできず、先生と二人で、渋々学校へ向かいました。一時間目の授業が、もう既に始まっていて、それもまた、英語の授業だった事を、ハッキリ記憶してますが、僕を迎えにきた先生が、教室のドアを開けて皆が、僕に注目しました。教室内が、一瞬シ~ンとして、英語の先生もチョークを手に持ったまま、ポカ~ンと口を開けてました。その時の空気が僕にも、一瞬で伝わってきたので、僕は、今迄の人生で味わった事のない羞恥心に襲われました。目眩がして、倒れそうになったのを今でもハッキリと覚えています。それは、まさに見世物でした。でも僕はその時、火事場の馬鹿力ならず火事場の馬鹿勇気なるものを出そうと必死でした。教室に入る事を躊躇している僕を見て、英語の先生が、「あらーほらーみんなー斉藤君よさぁ~斉藤君つ立ってないで、中に入ってー」と声を裏返しながら言っていたのを今でもハッキリ記憶しています。勇気を出して教室に入ったら、クラスの皆が、気を使って、礼節を装っていたので、僕の目に涙が浮んできました。僕は人に同情される事に、とても弱いのです。何故か同情されると、人の優しさみたいなものを感じてしまうのです。特にその時は、戦場で敵の兵士に同情を受けている、みたいなものなので感動はより深いものでした。人は、誰でも、思いがけない人に同情されると弱いものです。そのシーンだけ見てると僕の大嫌いな金八先生のドラマみたいですが、実は、自分への憐れみから、涙がでてきたのかもしれません。




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