太陽 ENGINET | 七福神蓄財倶楽部 月

私が見た、夢でもなく現実でもない世界

第7話 幻想の縄文


作者 目次


幻想の縄文

その幻夢では、私が以前に一度だけ訪れたことのある、岩手県の猊鼻渓らしき風景が目の前に広がっていた。
両側を奇岩に囲まれ、親子らしき母と娘と自分の三人が船頭の漕ぐ船と共にゆっくりと川を下っている。
親子らしきもの達には会話も無く、娘は只々遠くの岩肌を見つめているようで実に不気味な親子である。
船は静かに川を下っていた。
しばらくすると船頭が名物の歌を歌いだした。
心地良い甲高い声で地元の民謡らしき歌であった。
船頭が歌を歌いだすと、突然辺りに霧が発生した。

母と娘は急に立ち上がって
「 霧じゃ霧じゃ‼︎」
と叫びだし、舟の上である事も忘れたかのように突然踊りだした。
船頭は注意もせず歌い続けている。
静かな霧の中、奇岩に囲まれ親子は狂喜乱舞している。
なんとも不気味な風情であったが私は至って冷静である。
むしろ不気味な風情が心地良くもあった。

霧は益々深くなり舟は奇岩の中を狂喜乱舞する親子と共に川を下った。
しばらくすると船頭は突然歌を歌うのをやめて、
「 ほら、あそこに洞窟があるじゃろ。今日は洞窟が見えとる。」
と船頭が指差した先には薄っすらと洞窟らしきものが見えた。

突然親子は踊るのをやめ洞窟の方を凝視した。
辺りは一瞬静寂に包まれた。

「 母ちゃん怖いよー洞窟だよ!今日は洞窟が見えてるよ!」
娘の声が辺りに響き渡った。

「大丈夫じゃ、洞窟はまだ先じゃ、ただ見えてるだけだからな心配するな!」

洞窟は行く手の右側に見えていたが、船頭は必死になって左側へ舵を切った。
船頭の額から汗が舟底へと滴り落ちた。
然し船頭の必死な思いとは裏腹に舟はドンドンと右側に引き寄せられて行く。
親子は肩を抱き寄せあいながらブルブルと震えている。
私は気を落ち着かせる為に心の中で題目を唱えた。
船頭の必死な抵抗も虚しく舟はとうとう洞窟のある岸の目の前まで来た。
船頭は観念したのか、漕ぐのをやめて舟底に正座をして、なんやら呪文らしきものを唱えだした。
すると洞窟の奥の方から低い女性の声がした。
「何をそんなに怖がっているんじゃ 、そんなに怖がらんでも大丈夫じゃよ」
そして、霧が急速に深まっていった。
ついに手元さえも見えなくなるほどあたりは、白一色となった。
皆観念したように押し黙っている。
静寂の中、船はゆっくりと洞窟の中へ引き寄せられているようであった。
「おまえたちに見せるべきものがあるのだよ。神のご意思じゃて。」
再び女性の声がした。
やがて少しづつ霧が晴れていった。
すると、目の前に真っ赤な壁のようなものが立ちはだかっていた。
後ろを振り返ると、どうやら洞窟の内部に50メートルほど入っているらしい。
目の前の赤い壁は真紅のカーテンのようにも見えた。
真紅のカーテンの真ん中がぱっくりと縦に裂けた。
そして、その裂け目の中に吸い込まれるように船は進んでいくのであった。
裂け目を通り抜けると、あたりは闇。
闇の真ん中に炎が一閃。
炎は左廻りに回りながら次第に大きくなっていく。
心臓の鼓動のような規則的な重低音が洞窟の中にこだましていた。
そして、白木を思い切りたたきつけたかのような激しい打撃音が闇を切り裂いた。
はじめはゆっくりとしたリズムで、しだいに早くて激しいリズムとなって、打撃音はいくつも現れ、うねりとなって洞窟全体を揺るがした。
うねる打撃音は心臓をえぐり出すかのように胸に響くのだった。、
それに呼応するかのように闇の中の炎は次第に激しさを増して燃え盛った。
続いて低いいくつもの土笛の音がうなるように現れた。
打撃音のうねりは次第に静まり、土笛のうなりがすべてを支配していく。
そして甲高い石笛の音が現れた。いくつもの石笛の透明な不思議な高音が、これもうねりをつくり上げていった。
石笛の高音のうねりは脳を陶酔へと導いた。そしてそれが頂点に達したとき、闇の炎の中からビジョンが現れたのだ。

はじめに世界を覆い尽くす巨大な女体が現れた。
女体の口から稲や麦やトウモロコシやアワやキビやヒエなどの穀物が噴出し、世界に広がった。
鼻からは、青菜や根菜類や瓜、ユリなどの野菜が噴出して世界に広がった。
眼からは、海藻や魚や貝、イカ、タコ、ウニ、なまこなどの海の食材が生まれて世界に広がった。
耳からは、ゴマや数々の豆類、芋類、栗、木の実と種々の果物が生まれて世界に広がった。
女体のへそからは、豚、馬、山羊、羊、牛、ガチョウ、アヒル、鶏、鳩、ダチョウ、など肉・内蔵の食材や山海の珍味が生まれて世界に広がった。
尿道からは、お茶や酒類、麻薬などの嗜好品、様々な飲み物、薬物、医薬品が生まれて世界に広がった。
陰部からは、香木、香水、など様々な香料やハーブ、胡椒、岩塩、海塩、などの香辛料が生まれて世界に広がった。
肛門からは、金銀財宝、翡翠や水晶や瑪瑙や色とりどりの宝石類、鉱物や草木の顔料が生まれて、世界に広がった。

やがて巨大な女体は腐臭を放ちながら腐敗していった。
皮膚と肉は溶け出し、髪の毛は崩れ、目玉が落ち、内臓が膨張していった。
内臓は破れ、そこから無数のウジ虫が這い出し、骨があらわになっていった。
そして、一陣の風が吹き、そこに巨大な白骨と髑髏が残された。
巨大髑髏の両眼の中から樹木の根のような赤いチューブが這い出した。
赤いチューブは更にいくつにも枝分かれして、赤色、黄色、白色、黒色、青色、オレンジ色、緑色のチューブとなって上に下に前に後ろに、右に左にと、巨大な金属音をたてながら十方に根を伸ばしていった。
根はさらに無数に枝分かれをくり返し、十方世界を覆っていった。金属音は叫び声のように全世界に反響していった。
無数の根の先端は右回り、左回りに渦巻きを形成していった。
髑髏は無数のチューブに隠れて見えなくなり、やがて十方に伸びた無数のチューブ全体が卵形の球体を形成していった。

赤と黒のまだら模様の巨大なまむしが現れた。
まむしは球体の上を這い、とぐろを巻きながらその球体の表面を覆っていった。
まむしの体が球体を覆い尽くすと、その背中から突起のようなものが幾つも現れ始めた。突起は炎へと変化し、さらに光へと変化した。
まむしと球体は渾然一体となって全体が光の塊となった。
光の塊の中から、赤い光で作られた巨大な裸体の女が現れた。両足をリズミカルに踏みしめ、手には鋭い刃のある斧を持ち、それを振り回していた。
天空のかたわらに大草原のような光景が現れた。シベリアを想起させるような風景であった。見渡す限り地平線。獣の咆吼がする。落とし穴に嵌まったマンモスのような動物に男たちが先端に鋭い石のついた槍を投げかけていた。
天空のもう一方に大海原が現れた。ポリネシアを想起させるような風景であった。見渡す限り水平線。照りつける太陽の下、海上を2艘のボートを連結したカヌーのようなものに乗った男たちの姿があった。
天空に現れた二つの光景は収縮し始め、そして赤い女の子宮の中へと吸い込まれていった。
赤い女が足を踏み降ろす都度、陰部から金色に輝く顔の無い電球のような頭をした子供のようなものが次々と飛び出していった。輝く子供たちは金色の頭をぴかぴかさせながら、四方八方へと走り去っていくのであった。
赤い女の上方の天空にぽっかりと穴があき、そこから透明な光が降り注いだ。
赤い女の全身が蒸気のような白いもやに包まれていった。
白い蒸気の下に燃えさかる炎が現れ、赤い女は蒸気とともに蒸発していった。
そして炎の中に再び巨大なまだらのまむしが現れた。
まむしは、とぐろを巻いてのたうっていたが、やがてシュッという音とともに上方へと跳ね上がり、透明な光の降り注ぐ天空の穴の中へと消えていった。

やがてこの奇妙な幻影は消え去り、
「これは、この地の守護神デエダラボッチデエダンボウによって示現された日本創世の頃の歴史なのじゃ。この後に、日本列島が造られたのだよ。」
と女の声がした。
気がつくと、たいまつの炎に照らされた洞窟の中で、私と船頭と母子は白い服をまとった老婆の前に端座していた。
「ここは、猊鼻渓ですか。」
と私は老婆に尋ねてみた。
「違うがな、ここはチチブというところである。デエダラボッチデエダンボウはこの地を支配する富士山の数倍はある体を持つ大きな大神なのじゃ。」
と老婆は答えた。
「この日本列島は人が住むにふさわしい気候に恵まれた土地である。しかし、同時に世界でもっとも危険な火山のくにである。神はこの島を神のくににふさわしいものとするためわざとそのような場所を選んでこの列島を造ったのじゃ。」
「それはなぜなのですか?」
私は尋ねた。
「この列島に住む人間に生涯にわたって試練を与えるためなんじゃ。この列島に生まれた者はすべて、ぼけっとして生きることは許されなくなる。一生涯、いつ来るか分からない大地震や火山の噴火や土砂崩れや津波を警戒しながら、死を覚悟しつつ生きる道を体得しなけりゃならん。神の国はそのような人々によってしか創れないからの。実際に何世代にも渡って火山灰の降り続けるような大噴火もおきておる。この艱難をくぐり抜けた者たちの子孫が神の国にふさわしい世界を創造するのじゃ。」
そういえば現代の日本人だって、いつメガクォークが来てもおかしくない、南海トラフ地震は必ず来る、などと自然科学者たちに日々脅されながら生きている。大規模な艱難がすぐそこに迫っているのかも知れない。私は老婆の言うことに多少は納得するものがあった。
「日本列島が出来ると、神は、北の大陸に住む民と南の海の民をこの地に呼び寄せた。彼らがこの地に住むようになって世代を重ね続けていくうちにようやくこの地の恐ろしさを知るようになった。そして人々は最初に女たちを守ろうと考えた。母体を守れば生き残っていけると考えたのじゃ。それじゃから、土砂崩れや津波の影響の少ない、洞窟や山間の森を開いてそこに女たちを住まわせるようになった。男たちは狩りに出て遠出もした。広い範囲を歩き回ったのじゃ。男が狩りをすることによって女たちは森の動物たちからも守られた。女たちは畑を耕したり、まつりを行ったり、ドングリを調理したり、土器を造るようになった。」
「縄文時代のことですね。」
「そうじゃな。この時代の男女は乱婚制度によって結びついておった。男は自分が結びつきたい女を見つけるとな、歌によって呼びかけたのじゃ。歌といっても今の日本人が歌っているようなアホな歌とはまるで違っとった。かれらは文字を持たなかった。そのかわり音や声を使う文化は高度に発達していたんじゃ。声を複雑微妙に震わせて神々とも交流することが出来た。女は男の歌声を聞いてその霊格を吟味したのじゃ。女は自分に合った霊格の男なら誰でも受け入れた。女が子供を産むとその女は"はは"と呼ばれるようになった。そして生まれた子供は村によって大事に育てられたのじゃ。出産と子育てをいかに守るかが人々の課題じゃった。子供の父は誰であるかはわからんことが多い。けんども母の顔は知っている。それじゃからに母は何よりも尊敬され大事にされとった。男は列島を歩き回っても、最後はまた母のもとに帰ってきたのじゃ。"はは"たちの住む森を"ははそのもり"と言い、これが人々のふる里じゃった。
女はみな霊能を備えた巫女だったんじゃ。それは男にとっての命綱だった。女は男に危険が迫るとそれを事前に伝えることができた。霊波を送って遠くにいる男に伝えることさえできたのじゃ。それじゃから、男たちは女に守られて危険に満ちた列島を歩き回ることができた。村は霊能のすぐれた者によって行われるまつりを中心に営まれる呪術社会じゃった。男でも霊能が秀でていると認められる者は積極的にまつりを運営した。
この時代、生殖と出産は単に子孫を増やすという意味だけじゃあない、それ以上の重大な意味を持っておった。それは祖先たちとの交流のかなめであった。彼らは祖先が女の子宮に入って生まれてきて、この世で死んだものが祖先の世界の仲間入りすることをはっきり理解しておった。この世ですぐれた生き方をした者が祖先の世界のより高いところへ行き、神となってこの世界を守ってくれることも知っていた。それじゃから、この世で死んだものが祖霊の世界に行けずにさまよってしまうことを何よりも哀れみ恐れたのじゃ。彼らは死者たちを村の真ん中に埋葬し、死者たちとともに生きた。出産は祖先と再会するためのもっとも喜ばしい儀式じゃった。それじゃから、"はは"が妊婦のまま、出産まで至らずに死んでしまうことは一番忌まわしい事態だった。せっかくこの世に現れようとした祖先が行き場所がわからずにどこかへさまよってしまうと考えたからじゃ。そんなときは、死んだ"はは"の腹を割って胎児を取り出し、"はは"に仮面をかぶせて、"はは"と子を手厚く葬った。"はは"が子供を育て、ともに祖先の世界に帰って行けるように願ったのじゃ。幼いうちに死んでしまったこどもは家の中に葬り、速やかに再び子宮に入っていけるように願った。あの世とこの世は子宮の扉を開くことによって行き来するという関係にあった。彼らは死者たちとの交流を中心に生きることによって、いつ来るもかわからん死という恐怖を超えていこうとしたんじゃ。それじゃからどんな家にもまつりを行うための場所があった。まつりは死者たちと交流するために行われた。不幸な死に方をした者を慰め、神となった祖先を日々崇めていたんじゃ。
彼らは、心がモノとともに動くということをようく理解しておったんじゃよ。彼らはモノを操ることによって心を操り、死後の世界も操ろうとした。それがあの縄文土器と呼ばれているモノなんじゃ。モノは、心を操り神との交流も果たすための大事な道具だったんじゃ。それじゃから、壊れていらなっくなったモノを捨てるときは、彼らはその葬式まで行っていた。」
「そげなことを語るあんたは、何者なんだ。」
傍らにいた船頭が叫んだ。
「わしは、大神デエダラボッチデエダンボウにお仕えする者である。太古の昔からこの日本を見てきた。この日本は神のくになのじゃ。それゆえ、文明によって汚され、他の国の奴隷のような生き方に甘んじている今の日本人はこれから先淘汰されていく。その危機はもうすぐそこに迫っておる。
今の日本人は太古の昔に祖先たちが培った精神をすっかり忘れ去り、文明の与えてくれる利器をむさぼることばかりに熱中し、痴呆の世界を生きている。こんな世界は神のくにどころか人間の世界でさえない。決して長くは続かんのだ。そのことをそなたたちに伝えるためにわしは現れたんじゃ。
さて、あまり多くを語っても頭に入らんじゃろうから、今日の話はここまでにしておこう。」
老婆がそのように語った瞬間、私はいつのまにか一人で川沿いの石畳の上に立っているいる自分を認識した。
あの船頭と母子はどこに行ったんだ?
私はあたりを見回したが人は誰もいない。
ふと足下を見ると、舟の形をした民芸品のような置物が落ちていた。
私がそれを拾って見てみると、そこには、櫂をあやつる船頭と母娘の人形が乗っていた。

了 2017/12/23




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