太陽 ENGINET | 七福神蓄財倶楽部 月

私が見た、夢でもなく現実でもない世界

第6話 ざしきわらし


作者 目次


ざしきわらし

これは、幻夢と現実がみごとに交錯した話である。

ある日、まさにうとうとと眠りに入った瞬間に身体が引っ張られ幻夢の世界へ誘われた。
人が独り歩ける位の狭くて暗いトンネルの中を私は独りで歩いていた。
私が歩く度に足音がトンネル中に響き渡る。
少し歩くと向こうから足音と黒い人影らしいものこちらに向かって来るのがわかった。
段々と人影が近づいてきた。
すると其れは金色に輝く瞳とブルーの髪をした少女であった。
少女は無言のままこちらに歩いて来る。
私達は互いに1メートルも無いくらいまで近づいた。
其れでも少女は何も言わずにこちらに向かって歩いて来る。
私はぶつかると思い、咄嗟に身体を横にしたが、少女は微笑みながら私の身体を通り抜けた。
もちろん身体が接触した感覚は無く、スーと少女の身体が私を通り抜けたのだ〜!!

私は呆気にとられ、思わず少女に声をかけた。
「 ねえ、君!君は一体何者なんだ?!」
少女からは何の返答も無く、足速に私の反対方向へ歩いて行った。私は益々少女の存在が気になり、少女を後ろから追いかけた。
そして少女の背後から少女の肩をポンと叩こうとしたが、私の手は少女の身体の中をすり抜ける。
私も少女の背後にピッタリとくっついて、歩きながら何度も何度も手を伸ばしたが結果は同じで、私の手は少女の身体を通り抜け少女の身体に触れる事はできなかった。
少女は微笑みながら段々と歩くスピードが速くなり、とうとう私は追いつけなくなった。私もムキになり、懸命に走っては見るものの少女の身体は遠のくばかりであった。
そのうちに息の切れた私は、苦しくなりその場にしゃがみ込んだ。
ふと顔を上げると視線の先には少女の影は完全に見えなくなっていた。
少女を追いかけるのを諦めた私は立ち上がって戻ろうと身体を180度回転させると、私の背後に少女は微笑みながら立っていた。
そして、不思議な金色の瞳でしばらく私のほうを見つめてから、再び踵を返して私に背中を見せ足早に歩き始めた。
どうやら、後についてこいと言っているようだった。
私も黙って少女の後をついて歩き出した。
少女はトンネルの脇にあるもっと狭くて小さいトンネルの中に入っていった。
私も背をかがめながら狭いトンネルの中にはいって少女の後についていった。
歩くほどにトンネルの中はだんだんと暗くなっていった。
そして、とうとう真っ暗闇になり、少女の後ろ姿さえ見えなくなってしまった。
何も見えない!
そう思った瞬間、視界が開けた。
夜の街であった。
あたりをよく見ると見知った風景である。自宅の近くにある繁華街だったのだ。
そうだ、後を追いかけていたんだ。
私はあたりを見回して青い髪をした少女の後ろ姿を探した。
10メートルほど前方を歩いているのをすぐに見つけることが出来た。
少女は狭い路地のあるほうへと通りを曲がった。
私はそのまま後をついていく。
すると、少女は弁天横町と呼ばれている飲食店街へと入っていった。
ここは、昭和の面影が濃厚に残る通りで、個人店主のやっている小さな居酒屋が多く、ほとんどの店は昼間の時間帯には定食を出す食堂をやっていた。
時刻は深夜時間帯のようであった。ほとんどの店はすでに戸締まりをしている。
少女はある店の入り口の前に立ち止まった。
私が少女に追いつくと、少女ははじめて口を開いた。
「あたし、シクラメンが好きなの。」
「あたしのことは内緒にね。」
そう言い残すと、シャッターの閉まった入り口を通り抜けて店内に入り消えてしまったのである。

幻夢から醒めた私は、その店を見に行きたくなった。
その店は1年以上前からある居酒屋で、昼間は定食をやっていたが、繁盛している様子は無く、私も一度も入った事が無い。サラリーマンたちが大勢押し寄せる平日の昼間の時間帯でさえ、その店だけは一人か二人しか客が入っていないのである。その店の前だけはみんな素通りをしてしまう。店内をのぞいてみるとカウンターの奥から店主らしき男がもの欲しそうな目つきでじろじろと通りを行く人々を眺めている。私もなんとなくその店だけは入る気にもなれず、いつも素通りしてしまう。そんな店であった。

私は次の日の昼時にその店の前に行ってみた。
おや?と目にとまるものがあった。入り口の左右にシクラメンの鉢植えが幾つもひな壇のように置かれていたのである。窓際にもシクラメンがあった。すぐに少女の言葉が思い浮かんだ。さらに驚いたのは店内に客が10人以上は入っていたことだった。シクラメン効果かな?そんなふうに思って私はその日は引き返した。 さらに数日してから店の前に行ってみると、驚くべきことに客が満員になっていた。さらに数日して店の前に行くと、行列が出来ているではないか。そんなにおいしいのかな?店主を見ると以前と変わっていない同一の人物である。いったいあれは何だったんだ。一人、二人しか客が入っていない頃が嘘のような繁盛ぶりである。
私は次第に店主に会って話しをしてみたくなった。
居酒屋をやっている夜の時間帯にその店に入ってみた。夜も満員であった。
私はカウンターに座って、店主に話しかけてみた。
「マスター、最近急に賑やかになりましたねえ。」
「ええ、おかげさまで。シクラメンを置いてから急にお客さんが入るようになりましてねえ。」
やはり、シクラメンと少女と店の繁盛には何かつながりがあるようだ。しかしあの少女は幻夢の世界での体験であり、現実ではないはずなのだ。いったいどういうことなのだろうか。
それからも、私は何回かこの店に飲みに行き、マスターとも顔見知りになった。

ある日の夜、私が自宅近くの繁華街を歩いていると、マスターの姿を見かけた。今日は定休日のようだ。
「マスター、お暇だったらどこかに一緒に飲みに行きませんか?」
と私は声をかけてみた。
「いいですね!でもどこかだなんて言わずに、私の店に来てくださいよ。定休日だけど冷蔵庫に食材はありますから、ごちそうしますよ。」
私はマスターの店に行き、手料理を頂きながら、マスターの話を聞いた。
「私は今まで、何かを欲しがってばかりいたんです。あの店には前から欲しかったものが安く売っているとか、あの車が買えたらいいなとか、格安旅行プランを見つけたから今度の盆休みに行ってみようかなとか。要するに消費する者の側で世の中すべてを見ていたんです。しかし、自分の店はまるで繁盛していなくて、欲しいものも手に入りませんでした。
ところがある日気がついたんですよ。俺は店をやっているんだから、消費者でばかりいちゃだめなんだ。欲しがる人たちに与える側にいるんだ。だから、何かを欲しがるのでなく、何かを与える立場から世の中を見なければならないんだ。そう思ったんです。」
「それが、シクラメンを店に置いた頃のことだった?」
私は興味しんしんで尋ねてみた。
「そう!そうなんですよ。私ははじめ、仕込みの時間より早くに店に来て、毎日店の掃除を丁寧にするようにしました。店の前の通りをきれいにし、店内の壁、テーブル、椅子、トイレ、調理場、天井まで隅々をチェックしました。それが、お客さんに何かを与えるということの最初の表現だったのです。もちろん掃除をするのは当然ですけど、それまでは従業員まかせが多く心がこもっていませんでした。
自分で一生懸命掃除をするようになったら、すぐに驚くべきことが起きました。従業員は二人しかいませんが、それまでは口うるさく命じなければちっとも動こうとしないタイプでした。その従業員たちが私よりもさらに早く店に来て、積極的に掃除を手伝うようになったんですよ。これには驚きましたねえ。
それからある日、私は店内の2人連れのお客さんが、シクラメンの鉢植えの話しを長々としていたのを調理をしながら聞いていたのです。そして別な日に電車の中でもシクラメンのことを話している人を見かけたのです。それまでの私であったら、そんな会話には何の興味も持たなかったでしょう。しかし、なにか与えてあげられるものはないかと考えていた私は、すぐに思いついたのです。それならば、シクラメンの鉢植えを店内にたくさん飾ってあげよう、掃除のついでに毎日水やりもしてあげようとね。
そうしたら、お客さんが普通に入ってくるようになったんですよ。自分の考えに確信を持った私は、食材でもメニューでも接客でも何でも、どうしたら与えられるようになれるかという視点から日々工夫を重ねるようになりました。するとお客さんの数は日ごとに増え続け、短期間のうちに大繁盛するようになりました。 どういう工夫をすればどんな効果があるか、計算できればいいのかも知れないけれど、実際は想定外の反応があることのほうが多いです。あの従業員たちの例のように。こないだの休みにも、店のことをもっと多くの人に知ってもらったほうがいいと思い、ビラを配ってみたんです。朝から1日中配っていました。ほとんど受け取ってくれる人はいませんでしたが。日が暮れて、そろそろ終わりにしようと思っていたとき、向かいの通りにあるコンビニの店員をやっているおばちゃんが信号を渡ってこちらに駆け寄ってきて、ビラ配りたいへんねえ。何のビラなの?なんて聞いてきたんですよ。私がビラを見せると、あら、あの横町にある店?あんた、朝から見ていたけど誰も受け取ってないじゃない。何枚かよこしなさいよ、店長にないしょでそれとなくレジのそばに置いておいてあげる。それだけでも宣伝になるでしょ。そう言って、ビラを何枚か受け取って帰って行ったんです。うれしかったですねえ。コンビニのおばちゃんがずっと見ていただなんて、まったくの想定外ですよ。」
「興味深い話です。与えるものが与えられるということなんですねえ。与えようとする努力を継続していると、どこかでそれを見ている人が必ずいるんですね。」
と私は言った。
「全くその通りだと思います。」
マスターは確信に満ちた口調で答えた。
「ところでマスター、青い髪に金色の眼をした女の子を見たことありませんか?」
私は、最も聞きたかったことを質問してみた。
「つい最近見かけましたよ。ハロウィンの日、15人の予約が入ったんです。仮装イベントの帰りとおぼしきお客さんのグループで、店の前に来たときも15人と言っていました。ところが店内に入って坐って貰うと一人多いんですよ。椅子を一つ増やせばよかっただけなので私は特に何も言いませんでした。そのメンバーの中にまだティーンエイジャー前くらいの年齢の青い髪のかつらに金色のカラーコンタクトをした女の子がいたんです。どこかのアニメ漫画のコスプレなのでしょうけど、青い髪に金色の眼というそれだけの組み合わせですごく目立つんですよ。まるで妖精みたいに見えるんです。お母さんがコーディネイトしたんでしょうか、いいセンスをしているなと思いました。印象に残っているのでよく覚えています。」
そうだったのか!!
あの少女はざしきわらしだったんだ。柳田国男の遠野物語そのまんまではないか。ざしきわらしの住み着いた家は繁栄することになっている。世の中に何かを与えようとするマスターの工夫が、偶然にもざしきわらしを呼び寄せたのだ。シクラメンの好きなざしきわらしは、シクラメンを絶やさないようにして欲しいということをマスターに伝えて欲しくて私の幻夢の中に現れたのだ。これですべてがつながった!
「マスター!、青い髪に金色の眼の仮装は、ハロウィンでもクリスマスでもコスプレでも人気だそうですよ。」
「本当ですか?それはいいことを聞いた。さっそく青い髪に金色の眼の少女のキャラクタードールを発注しよう。ちょうど、この店のキャラクターを作りたくて、何にしようかと考えていたところなんです。」
「それはいいアイデアです。小さなマスコットも作って、お得意さんに配ってあげるといいですね。きっと、店はさらに大繁盛しますよ。」
「それから、マスター、大事な話があります。」
私は、あらたまってわざと厳かな口調で語り始めた。
「あのシクラメンの鉢植え、あれだけは絶対に絶やさないようにしてください。もっと増やしていくといいです。シクラメンがある限り、この店は必ず繁盛し続けます。私にはそれがわかるのです。」
と、私は予言者のように言い放った。
「へえ、霊能者みたいな方ですね。もちろんですよ。シクラメンは店の景気が好転した思い出の花です。これからも絶やしませんよ。そうだ、少女のキャラクターの衣装ににシクラメンのデザインを取り入れよう。お店のシンボルにしますよ。」
と、マスターは無邪気に答えるのであった。
私は、ざしきわらしとの約束を守り、あの幻夢のことは一切話さなかった。約束を破ったらざしきわらしはこの店を出て行ってしまうかも知れないからだ。マスターはいつまでもあの少女がコスプレだと思っていることだろう。しかし、あの少女が店に入ったことは、マスターにとって最も想定外のことであったことだけは確かなのだ。

私としては、マスターがシクラメンを育て続け、ざしきわらしがいつまでもあの店に居続けることを願うのみである。

了 2017/12/14




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