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私が見た、夢でもなく現実でもない世界



第5話 三面秘儀


作者 目次


三面秘儀



私は昔から普通の夢によく神社が出てくるが、その幻夢も舞台は近所の神社だった。
私の家の近くに北沢八幡神社という神社があり、子供の頃よくその神社で野球をしたり隠れんぼをして遊んでいた。
其れは夕暮れ時、その神社で何故か私の姿は子供の頃にもどっているような小さな体になっていた。
私は小学生時代の友人と隠れんぼをしている。
私がジャンケンで負けて鬼になって皆を探している。どうやら隠れんぼをしているらしい。
神社のトイレの裏や境内の裏や木の陰など、あっちこっち探してはみるものの、なかなか友人達は見つからず、そのうちに日が沈み、辺りは薄暗くなってきた。 私は不安になって
「 おーい小清水君!宮田君!もう暗くなってきたから帰ろうよ!」
と友人達の名前を叫んだが、彼等からは何の返答も無く、不思議なことに私の声がこだまして、薄暗い神社の境内に何度も再び響き渡った。
私は恐怖心から神社の階段を急いで駆け降りたが、階段はエスカレーターのように動きだし、降りても降りても下には着けず、二階の境内の方に再び戻されたのである。
すると突然二階の境内の内にある舞台の上の扉が開き、雅楽らしき音楽が流れだし、花道から鬼の能面をつけた子供らしきものが能を舞った。
仏教伝来以前は鬼は大人の象徴とされてきたが、その鬼の能面をつけている人物の、小さな背格好から想像して、おそらくは子供であろう。
然しお能は頗る上手かった。

私は小さな鬼の舞に魅了され、隠れんぼの事など忘れて夢中になって鬼の舞を見ていた。すると突然背後から肩を叩かれた。振り向いてみると友人の小清水君だった。
「 なんだよおまえ鬼なんだぞ!何で俺達を探さないんだよ 」
「 ごめん ごめん、だってこの鬼の舞が凄く上手いから、ついつい見惚れてしまったんだよ!」
「 鬼?おまえ馬鹿な事言うな!鬼なんて何処にも居ないぞ!」
私は境内の舞台の方を指差して、
「 いやーあれだよ。あの舞台の上で今踊ってる鬼の事だよー」
そう言って舞台の方に目をやると、さっきまで鬼面を被って踊ってた鬼がいつの間にか、鬼面を外し只の少年が舞っているではないか。
「 あれさっきまでは鬼面をつけて踊ってたのにな〜変だな〜」
と呟くと友人の小清水君はいきなり手鏡をポケットから取り出して
「 おまえ自分の顔鏡で見てみろよ!」
と私に手鏡を手渡した。
私は何故か嫌な予感がしたので恐る恐る、自分の視線の前に手鏡を持ってきた。
すると手鏡には鬼面を被った者の顔が映し出されていた。

どうして、いつのまに。
私はさらに嫌な予感がして、鬼の面を取り外そうとした。
やはり、予感したとおりだった。顔の皮膚に癒着して取れないではないか。
「面がはずれない!どうしよう!」
と、友人たちに向かって私は叫んだ。
「ええっ!本当かよ!」
友人たちは私の顔から面をはずそうといろいろ試みたがやはりはずれない。
「祟りだ!祟りだ!」
そう叫んで、友人たちはみな走って逃げてしまった。

しかたなく私は再び、舞台のほうを振りかえってみた。
すると、先ほどの少年が再び鬼の面をかぶり、神々しい威光とともにそこに立っているではないか。
そうか、あの少年はこの神社が祭っている神だったんだ。
そう悟って、私は威光輝く少年を注視した。
すると、一瞬のうちに私の体は少年の足元に引き寄せられ、私は光り輝く少年の前に端坐してかしずいている形となった。
「そなたは、かつて幼いころ、この社において神の意思を受け取った。」
少年はおごそかな語り口で語り始めた。というよりも、強烈なエネルギー体から瞬間的にその意思するとことが伝わってくるのであった。まるでテレパシーみたいに。
「一たび神の意思を受けたものは、生涯それを背負うのである。面がはずれないのはそれを意味する。」
「そなたは、幼いころ神の意思を受けながらも、未だにそれに答えようとしない。それはなぜであるか。」
私に向かって質問をしてきたようだ。
「私には力がありません。」
と答えてみた。
「そなたは、誤解をしているようだ。そなたは、自分の見たもの感じたことをそのままものとしてこの世に現せばよいだけなのだ。我はそれ以上のいかなることも要求はしない。」
「そなたを勇気づけるため、ここで顔の秘儀を伝授しよう。」
私はほとんど何も考えることもできず、ただその神を注視しつづけた。
「よいかな。
世界とは顔なのだ。
宇宙空間とは、目が感じる世界、耳が感じる世界、鼻が感じる世界、舌が感じる世界、身体が感じる世界、心が感じる世界。
これらがすべてなのだ。これら以外何もない。
これらをすべて一つに結べば顔となる。
だから世界は顔なのだ。
よいかな。よいかな。」
私は静かに頷いた。
「それゆえに、顔を操るものはすべてを操ることが出来る。
三つの顔を伝授しよう。
これから伝授する三つの顔を好きな時に思い浮かべるのだ。
それだけで、あらゆる事柄が成就していく。
成そうと思って成せないことはない。
よいかな。よく見ておくのだ。」

神は語るのをやめ、自身に集中しはじめた。
すると目の前に炎が現れた。
そして人の背丈の2倍ほどの炎の中から巨大な顔面が現れた。
赤黒い顔面にまんまるに目をむき、黄金色の怪光線を六方に発する怒りに満ちた大きな目が六つ、さらに額に第七の目。獣のような形の大きな口は耳元まで裂け、恐ろしげな牙をむき出し、赤い舌を出していた。
青黒い、また赤黒い蛇のような怒髪は天を衝く勢いで炎のように上方に伸びていた。
「これが威嚇面、怒りの面である。
この面は物事を制御する働きを表す。制御者の面である。
宇宙のあらゆる領域、あらゆる生命体の秩序を作りだす。
美も芸術も学問も、文明すべてはここから生まれるのだよ。」
面はさらに分裂を始めた。左側、右側、後ろ側にも同じような面が現れた。さらに、頭頂にも3段になって四方に小さな威嚇面が現れた。そして、炎に包まれた四面の頭部がくるくる回転しはじめた。七眼から発する怪光線がサーチライトのように十方を照らした。口から発する無言の叫びと無音の炸裂音が宇宙いっぱいに広がっていった。
「この面の働きにより、混沌の中から一瞬のうちに秩序が生まれるのである。」
「そなたが、自分がなにをしていいのかわからなくなったとき、なにもやる気がなくなったとき、この面を思念するとよい。
今、自分がなすべきことがすぐに見えてくることだろう。
なすべきことをなすべき時に行うだけであらゆる願望は成就していくのだ。
よいかな。よいかな。」

炎は次第に収束し、目の前に真っ暗な闇が現れた。
そして闇の中から白い卵のような形が現れた。
白い卵は次第に大きくなり、眼も鼻も口もない白い大顔面へと成長した。
虚無の深淵から現れたのっぺらぼうであった。
深い深い闇の中でのっぺらぼうは、私のほうをじっと凝視していた。
それは、私の心の底の底まで見抜くような鋭く恐ろしい無言の凝視であった。
なんという恐ろしい面であろうか。
眼が無いのに私をしっかりと見ている。私はその凝視に強く恐怖した。
しかし、しばらくすると恐怖の感情が次第に薄れ、代わりに譬えようも無い深い静寂と平安が私の心に広がっていくのだった。
「こののっぺらぼうが、純粋観照者の面である。
これは純粋なる観察者、究極の観照者を表す。
観察する者自体が観察されることはない。究極の観照者は誰もその姿を見ることが出来ない。
だから、顔を持たないのである。
この面から、ありとあらゆる叡智が生まれる。
そなたが、どんなに重い苦悩、どんなに深い悲哀に悩まされていたとしても、この面を思念すれば、自分の心を他人のように観察することが出来るだろう。
身体も所有物も自分ではない、心もまた自分ではないのだ。
観察者が苦悩に染まることはない。そのため、そなたはどんな苦悩からも解放されることだろう。
そして、そなたは確実に知恵者となっていくことができるのだ。
よいかな。よいかな。」

再び闇が支配した。
天空に甲高い不思議な笑い、天狗のような笑い声がこだましている。
大地の底のほうからも地響きをたてるかのような笑い声が湧き起こった。
突如大顔面が目の前にぬっと現れた。
長くたれた耳に、よく肥えた福々しいエビスみたいな顔つき。そして、満面に狂人のような笑いを浮かべていた。
「あはははははははははははははははははははは」
「ふぁーーーっはっはっはっはーーーーーーーー」
甲高い少年のような笑いと地の底から響くような低音の笑いが同時に鳴り響いた。
それは、まさに狂気の笑いとしか言いようが無かった。
しかし眼はとても慈悲深く優しかった。お互いに善業を行いどこまでも幸福になりなさいよ、どこまでもどこまでも幸福になりなさいよ、それ以外のいかなる思念も伝わってこなかった。
「これが、大哄笑面である。
人間の作り出すあらゆる価値観を破壊する破壊者の面である。
すべての思想は単なる考えである。
すべての信仰や信念は単なる思い込みである。
すべての経験は単なる錯覚である。
そなたが何らかの思想にだまされそうになったとき、なんらかの信念にとらわれそうになったとき、なんらかの経験にこだわるようになったとき、この面を思念するがよい。
あらゆるこだわりを笑い飛ばして破壊してくれることだろう。
こだわりから解放されたものが真理そのものを見るのである。
そなたが富貴や幸福を得たくなった時もこの面を思念するがよい。
あらゆる常識が消えていくことだろう。
常識から解放されたものが豊かになるのだ。
よいかな。よいかな。」
不思議な哄笑は続いていた。
空が笑っている。大地が笑っている。あたかもあらゆる生き物の営みをあざ笑うかのように。しかしその裏側にはすべてを包み込むかのような慈悲の心が行き渡っていたのであった。

幻夢が終わって、私は考え込んでしまった。難解だ。笑いが破壊で怒りが秩序を作るなんて、逆じゃなかろうか。それにあののっぺらぼう、のっぺらぼうがあんなに怖いとは思わなかった。やはりこの幻夢は人間の常識とはまるで異なっている。神の世界なのだ。
いやいや、もっとよく考えてみよう。
あの三つの面はみなどこかで見たことがある。どこかどころではない、世界中にあるではないか。
眼のない偶像は世界中の古代遺跡から出土されている。人型や符術で使う人形はみなのっぺらぼうではないか。激しい怒りの相貌をした威嚇面は世界中のお祭りに登場する。仏教の曼荼羅、チベットのタンカにもあった。笑いの面は主に東洋に数多くある。布袋和尚や寿老人や恵比寿様や大黒様や日本のおかめの面もみなあんな狂人のような笑いを浮かべている。要するに世界中の呪術や祭祀や古代文明や民俗文化には三つの面が満ちあふれているのだ。太古の昔から人類はこの三つの面の意味と威力を無意識のうちに知っていたのである。そしてそれらを自在に使いこなして人間の生活と文化を彩ってきたのである。

了 2017/12/05




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