太陽 ENGINET | 七福神蓄財倶楽部 月

私が見た、夢でもなく現実でもない世界

第1話 老人の記憶の中に入った話


作者 目次


老人の記憶の中に入った話

其れは今まで見たことも無い薄暗いBARに私と顔見知りの人間が一人、あとは今まで会ったことも見たこともない人間が数人いる。
一人はバーテンらしき男、そしてBARのカウンターに座ってるのは見知らぬ謎の女性が二人私の横に座っている。
私は一人でカウンターに座りタバコを吸っている。

其れは普段 私の見る夢では無いので、私の意識はしっかりしていて、自分自身が今夢では無い架空の世界を体験しているんだとはっきりと認識している状態であり、見知らぬBARのカウンターに座る見知らぬ女性が私に話かけてきた。
「 あら、お客さんあまり見ない顔ね。 」
私は無視をしてる。もちろん意図的に。
「 あら、お客さん無愛想ね、初めて来たのかしら?」
と言ってきた。
其れでまた無視をする自分。
その見知らぬ女が苛立っているのが感覚的に解る。
すると突然私の目の前に、頼んでもいない酒が置かれてきた。
「 はい、お客さん できましたよ 」
私は戸惑った表情を浮かべながら、初めて言葉を発する。
「 自分はこんな酒頼んで無い 」
するとバーテンは謎の笑みを浮かべながら、私の隣に座ってる謎の女性を指差して「 こちらのお客様からのご注文です 」
私はバーテンに向かい微笑んだ。

そして私は差し出された酒を口に運んだが、その酒にはまるで味が無く、私は一気に酒を飲みほした。
そこまでは私の意識が夢でない世界を認識していたが、酒を飲み干すと、私の頭がぐるぐる回り出し、気持ちが悪くなったので、バーテンに「 トイレは何処 」 と尋ねるとバーテンは奥のカーテンを指差した。
私は高い椅子から転げ落ちるかのように床に倒れ、起き上がろうとするが身体の自由が全く効かず、四つん這いになりながらバーテンが指差した赤いカーテンを目指し這ってた。
見知らぬ女達の薄ら笑う声が微かに聞こえたが、私は気にもせずに赤いカーテンのある方向を目指した。

私はだんだん息苦しくなり、身体中が震えてだしてきた。
無論意識の何処で此れは、何時もの夢では無い夢の途中であると認識してはいるのだが、息苦しくオシッコをしたいのもしっかりと自分の感覚にあり、私は身体中の震えを抑えながら、ようやく赤いカーテンの前までたどり着いた。
カーテンの横には暗い通路があり、トイレらしきドアノブが目に入った。
トイレが目の前だという安堵感からか身体の震えは収まり、立ち上がってドアノブに手を掛け、勢いよくドアを開けた。

然し私の目の前に広がるのは、トイレではなく薄暗いブルーの光が灯った別の店だった。
其処には馬鹿デカイテーブルが中央に置かれてあり、其処には裸体らしき女が一人横たわっていた。
テーブルの前には長くて赤いソファがあり、怪しげな老人が一人座っていた。
一瞬私と目が合ったが、老人は私の存在など気にせずに長いキセルでタバコを吸い続け視線を裸体の女に戻した。
私も裸体の女に視線を移すと女は私に手招きをしてきた。
オシッコをするという目的も忘れ、手招きに促されるままに裸体の女に近づき、私も赤いソファに腰掛けた。
怪しげな老人が横に居たが、私もまるで老人の存在など気にしなかった。

すると突然、

♪ 赤い林檎に唇寄せて
 黙って観ている青い空
 林檎は何にも言わないけれど
 林檎の気持ちはよくわかる ♪


と懐かしい流行歌が流れてきた。

すると裸体の女は赤い大きなスカーフの様なものをまとい突然踊りだした。
西洋的とも日本的とも言えない、なんとも怪しげな踊りであった。
ふと横を見てみると、隣に座っている老人がキセルを蒸すのをやめて、ジッと女を凝視しながら、目にいっぱいの涙を浮かべ林檎の歌を口ずさんでいるではないか。
まことに不思議な光景ではあるが、私はこれはいつもの幻夢なんだと自分に言い聞かせた。
老人は居ても立っても居られなかったのか、目にいっぱいの涙を浮かべながら立ち上がり、女の横に行き一緒になって踊りだした。
其れは阿波踊りの様な踊りかたであった。
二人のチグハグな踊りが、ブルーの照明と昔の流行歌のメロディが相まって、独特な郷愁を誘うのであった。
私が老人と女の踊りをじっと眺めていると、ブルーの光が次第に彼らを包み込んでいった。青い混沌の中に女の振り回すスカーフの赤い色だけがゆらゆらと舞っていた。
そしてブルーの光は拡散し、薄墨がかった暗い空へと変貌していくのだった。
夕日の赤い光が薄墨の空を下の方から照らし出した。
そして、いつの間にか目の前にはとても古い木造の平屋造りの朽ち果てたような一軒家があるのだった。
日は沈み、夕闇がゆっくりと一軒家を覆っていく。生暖かい春の夕べであった。遠くの方で子供たちの声がする。どこからか湿った森の木々の臭いがする。
そして一軒家の窓にぽっと黄色い光が灯った。
私はその光に念を凝らすと、家屋の内部が見えた。
すると、狭い室内には先ほどの老人がただ一人、ぽつんと椅子に腰掛けていた。長いキセルでタバコを吸いながら。
そして私は、今まで見ていた光景は、その老人の脳内に存在する過去の記憶だったのだということに気がついたのである。
その老人はかつて若い頃、ストリップ劇場の踊り子を見初め、毎日通い続けて、とうとう自分の女房にした。その最愛の女房とも、つい最近死に別れた。初めて出会った頃のことを思い出して感慨にふけっているところに私の幻夢が入り込んだようだ。
人生とは過ぎ去っていく夢のようなのものだ。過去の記憶とはその夢の痕跡である。夢のまた夢、郷愁を追い求めたり未来の希望を追い求める人は二重の夢を見ているのだ。では、現実とはどこにあるのだろう。少なくとも、それは記憶の中や空想の中ではない。あえて言うならば、今この場で感じている痛みや苦しみだけが現実なのだ。生まれて、生きて、年老いて、死んでいくという現実がただそこにある。それ以外の何かがそこにあるわけではない。人はこの現実を忘れようとして夢を見る。夢を追い求める人は結局、なにも見ることはない。真理は夢の中にあるわけではなく、あるがままの現実、眼と鼻の先の現実の中にだけあるからだ。しかし、人は決してそれを見ようとはしない。
不可避なる郷愁とともに。
ある春の日の夕べ、夢と現実の狭間で。


了 2017/11/10




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